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広島地方裁判所 昭和47年(ワ)225号 判決

原告 橘高太郎

被告 国

代理人 笹村將文 中原満幸 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金六〇〇万円及びこれに対する昭和四七年四月九日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (事故の発生)

原告は、昭和四六年五月二三日午後八時四〇分ころ、普通乗用自動車(福山五に一六〇二号)(以下、「原告車」という。)を運転し、岡山県備前市三石二、九三七番地先の通称船坂トンネル(以下、「本件トンネル」という。)西口付近の国道二号線(以下、「本件道路」という。)上を大阪方面から岡山方面に向けて時速約五〇キロメートルで進行中、同所において、進路上に放置されていた軽油予備タンク(長さ八〇センチメートル、幅五〇センチメートル、高さ三〇センチメートル、以下、「本件タンク」という。)に自車右前輪を乗りあげハンドルをとられたため、対向車線上に自車を逸走させ、おりから同車線を大阪方面に向けて進行してきた訴外三宅義博運転の普通貨物自動車(以下「三宅車」という。)と衝突した(以下、「本件事故」という。)。

2  (事故の結果)

本件事故により、原告車に同乗していた原告の妻訴外橘高美津子(当時四七才)は、即時同所において頭蓋骨粉砕骨折による大脳破裂により死亡し、同じく同乗の訴外三阪真理子(当時二六才)は、同日午後九時一五分ころ、岡山県備前市伊部一、三九三の一所在島田外科診療所において脳開放性挫創、頭蓋開放性骨折により死亡し(ほかに、同乗の訴外住井澄子(当時四〇才)も、右三阪真理子と同時に同所で死亡した。)、また同乗の訴外三阪聖(当時二ヵ月)は、加療約二〇日間を要する右陰ノウ裂創、胸部腹部打撲の傷害を受けた。

3  (被告の責任)

(一) 本件事故は、被告国の運輸大臣が道路運送車両法に基づき自動車検査官によつて実施する新規または一年毎の車両検査(以下、「車検」という。)の際、同検査官が同法に従つて車検を実施すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、本件タンクを取付けていた大型貨物自動車(車両番号等不詳)の右取付方法が不十分であつたにもかかわらず、これを看過して車検を完了し、自動車検査証を交付して右自動車を運行の用に供せしめた過失により、走行中の振動等のため本件タンクが脱落したことによつて発生したものであり、右は、国の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、過失により違法に他人に損害を加えた場合に該当するものというべく、被告は国家賠償法一条一項により、そうでないとしても民法七〇九条七一五条により、原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 本件事故は、原告が本件トンネル内を進行し、出口を出た直後に発生したものであるところ、一般に、自動車運転者が、昼間、明るい野外から暗いトンネル内へ入ると、野外の輝度(明るさ)に眼が順応しトンネル内は暗黒に見え、それに慣れる(順応)のがおくれるので、トンネル内には右識別障害を軽滅するためにトンネル照明が設計され設置されているが、本件は夜間であり、昼間とは全く逆となり、トンネルに接続する道路の照明が問題となる。すなわち、本件においてトンネル内の走行は、右トンネル照明によつて車の前照灯を利用しないでも十分可能であるが、そのような照明の下から、今度は逆に山間の真暗なトンネル外へ出ていくのであるから、順応のおくれを補うために出口付近に道路状況を視認しやすくするための照明灯が設置され、かつそれが十分な明るさを有することが必要である。しかるに、本件トンネル出口の照明灯は、通行する車両の排気ガスのため黒ずんでいて照明の用をなしていなかつたもので、国道の管理者としての建設大臣は道路照明灯の清掃により通常の照明が確保されるようにすべきであるのにこれをしなかつたために、原告が右トンネル出口付近の道路状況を確認することが不可能ないし著しく困難になつていたものであり、この点で、被告には本件道路の設置管理に瑕疵があるというべきである。

次に、本件トンネル内は、兵庫県側においては約一七〇メートルの区間に排気用ジエツトフアンが二ヵ所設備されているが、岡山県側においては約二三〇メートルの区間にジエツトフアンは一ヵ所だけの設備である。トンネル内に排気ガスが充満した場合には、視認が困難となることは十分予測しうることであり、そのためにもトンネル内の排気は十分に行なわれねばならないところ、兵庫県側からも岡山県側からも県境を頂上とした上りであり、しかもトンネル設計当初以上の通行車両がある状況で、岡山県側の区間では特に十分なトンネル内の排気がなされていなかつたため、出口付近の道路状況の視認を著しく困難にしていたものであり、特に本件事故当夜は、小雨のためトンネル内の排気ガスが出口から抜け出ることなく付近に滞留しており、車の前照灯の光が排気ガスのため出口付近で拡散してトンネルに接続する道路部分を照らしていなかつたものである。右も、前記照明灯の点とともに本件事故の原因となつたもので、国道の管理者としての建設大臣が本件トンネル内の排気ガスの除去を十分して、出口付近の照明を確保すべき義務があるのにこれを怠つた点で、被告には本件道路の設置管理に瑕疵があるといえる。

そしてまた、建設大臣は、国道の管理者として本件道路上に危険物が存在した場合には直ちに除去しあるいは危険を表示して事故の発生を未然に防止すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、本件道路上に放置されていた本件タンクを除去せず、その付近に危険を表示する標識もしなかつたために本件事故発生に至つたものであり、右の点で、被告には本件道路の管理に瑕疵があるといえる。

右により、被告には国家賠償法二条一項もしくは民法七一七条により本件事故によつて原告の被つた損害を賠償すべき義務がある。

4  (損害)

本件事故により、原告は妻である訴外橘高美津子を失つたが、前記諸事情からして右精神的苦痛を慰藉するには金六〇〇万円が相当である。

5  (結論)

よつて、原告は被告に対し、右損害金六〇〇万円及びこれに対する本件不法行為の日以降である昭和四七年四月九日(本件訴状送達の日の翌日)以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、原告車の時速が約五〇キロメートルであつたことは知らないが、その余の事実は認める。

2  同2は不知。

3  同3(一)は争う。

(一) 本件タンクが、何故本件道路上に放置されていたかにつきその経緯は不明であるのみならず、かりに本件タンクが大型貨物自動車自体から脱落したものであるとしても、それが取付けられた状態で車検を受けていたものか、あるいは、車検を受けずに、ないしは車検を受けた後に取付けられて運行されていたものかについても不明であり、さらに、本件タンクが取付けられた状態で車検を受けていたとしても、落下の原因となる取付ボルトの緩み、折損等が車検時に生じていたものか、それとも車検後に(通常のまたは乱暴な運転により)生じたものかについても明らかでないのであつて、原告主張のように車検当時に本件タンクの取付方法が不十分であつたと断定することは到底できない。

(二) また、かりに本件タンクを脱落した大型貨物自動車が自動車検査証を交付され、有効期間中の運行であつたとしても、自動車検査証の交付は国が有効期間内の安全性を保証したものではなく、この点に関する原告の主張は道路運送車両法(以下、「法」という。)の解釈を誤つている。

「道路運送車両法」(昭和二六年法律一八五号・ただし昭和四七年法律第六二号改正前のもの、以下単に「法」という。)は、第三章四〇条以下において、「道路運送車両の保安基準」を定め、自動車等の構造、装置その他について所定の保安上の技術基準に適合しないものは運行の用に供してはならない旨規定し、いわゆる安全性を確保するに必要な定めをしているが、その安全性確保の第一次的責任は、まず使用者が負うものとして、第四章四七条以下において、「道路運送車両の整備」について定め、常にこれらの自動車を保安基準に適合するよう維持していくために、自動車を運行するものに対しては一日一回の仕業点検を、また、自動車の使用者に対しては所定の定期点検整備を実施すべきことを義務付けている。次いでなお、自動車が高度に公共の安全にかかわるものであることから、「法」はその万全を期するために、使用者が保安基準に適合するよう自動車を維持しているか否かを後見的に確認する制度として、第五章五八条以下において、「道路運送車両の検査」について定め、国が行う車検制度の規定を設けているのである。

すなわち、国が行う「法」に基づく検査は、使用者が負うべき自主的整備義務を完全に履行しているかどうかを国が後見的に確認することにより、使用者自身の右整備義務の履行を促進するということにその本質を有するものであり、個々の自動車の安全性の確保についての基本的かつ第一次的な責任は同法の関係諸規定から明らかなごとく、当該自動車の使用者に課せられているのであり、したがつて、原告主張のように、自動車検査証の有効期間中(もつとも、本件の不明自動車はこれとても明らかでない。)その間継続的に当該車両の構造、装置等が運輸省令に定める(法四〇条以下参照)保安基準に適合し続け、かつ、その間安全に運行の用に供しうるものであることを保証するものではない。

このことは、仕業点検及び定期点検整備を義務付けられている自動車よりも、新規(法五八条)及び継続(法六二条一項)の検査の対象とされている自動車の範囲の方が狭いこと、並びに現実の問題として、国が検査対象車のすべてにつき、一年または二年という長期間の自動車検査証有効期間中継続して個々的にその安全性を常に保証するということは、自動車それ自体の日々の使用状態が車両ごとあるいは使用者ごとに異なるものである以上、人的にも、また物的ないし技術的にも、到底不可能に属することからも明らかというべきである。

4  同3(二)は争う。

(一) 国家賠償法二条一項にいう営造物の設置または管理に瑕疵があつたとみられるかどうかは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合して具体的個別的に判断すべきものであるが、

(1) 本件事故は、主要幹線道路である国道二号線上の岡山県と兵庫県との県境いにある通称船坂トンネル(本件トンネル)の西口から岡山寄りに約七~八メートルの路上において発生したものである。

(2) 現場はやや岡山方面(西)に向かつて下り勾配となつているものの幅員は八・五メートル、路面はアスフアルト舗装され、本件事故当時は乾燥しており、直線的な平坦かつ前方の見通しの良好な場所であり、道路の中心には車道中央線、車道端には車道外側線が引いてある。

(3) 本件トンネルは長さ四〇八メートルと比較的短いが、換気設備を備えており、その換気方式はジエツトフアン方式で、トンネル内の煤煙濃度が一定値以上になると自動的にフアンが作動するシステムになつている。

(4) 照明としては、本件トンネル西口から岡山寄りに約七~八メートルの上り車線側に煙霧中の照明効果が良い二〇〇ワツトの低圧ナトリウム灯が路面から高さ八メートルの位置に一基設置されており、右トンネル西口付近の状況を判り易くさせている。

(5) 右照明灯は一基ではあるが、未だこれが原因で交通事故が発生したことは一度もなく、本件事故当時において一般国道上のトンネルと接続する道路の照明設備としては通常の設備といえる。

(6) 右照明灯は本件事故当時も点灯していたのであるから、前記照明灯及び本件事故現場の各位置関係からすると、本件事故現場は右照明灯のほぼ直下、すなわち、もつとも輝度の明るい場所であつた。

(7) 一方、自動車の前照灯は正位置で進路前方約一〇〇メートル、下向きの位置でも前方約三〇メートルの距離にある障害物を確認できる性能を有しており、本件トンネル内の煤煙等の影響を考慮に入れたとしても、前記のとおり自動的に作動する換気装置が設置されていたことに照らせば、その影響もさほど大きくないものと考えられる。

(8) そして、本件事故当時のように夜間時に本件道路上を走行する場合には、自動車運転者としては、当然その前照灯による照射、状況に応じた速度調節、眩惑、飛び出し等を予測した前方左右に対する注視等によつて、通行の安全を確認しかつ保持すべきであつて、以上のこれら各事実関係のもとでは、本件事故当時、本件道路に、通常備えるべき道路としての安全性が欠如していたものとは認め難く、結局、道路の設置・管理に瑕疵があつたとはいえない。

(二) また、本件タンクは、原告車を先行した訴外三阪らの車の進行状況からして、本件事故発生の数分前(遅くとも一五分以内)に本件道路上に放置されるに至つたものであり、このように、本件タンクの路上への落下あるいは放置状態の発生から本件事故発生に至るまでの時間的間隔が極めて僅かしかなかつた状況のもとでは、遅滞なく原状に復し、道路を安全良好な状態に保つことは時間的に不可能であつたというべく、その間、被告が、本件タンクを放置し、危険を表示する標識をしなかつたとしても、被告の道路の設置・管理に瑕疵が存したものと解しえないことはいうまでもない。

5  同4・5は争う。

三  抗弁

かりに被告に何らかの責任があるとしても、本件事故は原告にも前方不注視や安全速度不保持などの過失があるから、損害額の算定にあたつては右原告の過失が十分斟酌されるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

原告は時速約五〇キロメートルで走行し、前方不注視等の過失はなかつた。

三  自白の撤回について

1  原告

原告は、原告車の走行速度を時速五〇キロメートルと主張しているところ、被告は当初これを認めていたにもかかわらず、その後昭和五六年一一月五日の本件口頭弁論期日においてこれを争うにいたつたもので、右は自白の撤回に当り、原告はこの自白の撤回に異議がある。

2  被告

被告は、当初から右時速の点を争つていたものであり、しかも、右は主要事実についてのものでもないから自白と認めるのは相当でなく、いずれにしても自白の撤回に当らない。

第三証拠<略>

理由

一  原告が昭和四六年五月二三日午後八時四〇分ころ、原告車を運転し、岡山県備前市三石二、九三七番地先の本件トンネル西口付近の本件道路上を大阪方面から岡山方面に向けて進行中、同所において、進路上に放置されていた本件タンクに自車右前輪を乗りあげハンドルをとられたため、対向車線上に自車を逸走させ、おりから同車線を大阪方面に向けて進行してきた三宅車と衝突したことは当事者間に争いがなく、そして、成立に争いのない甲第二号証の一、甲第七ないし第一〇号証、乙第三号証、原告本人尋問の結果(第一回)及び弁論の全趣旨によれば、右事故により、原告車に同乗中の同人の妻訴外橘高美津子(当時四七才)が、頭蓋骨粉砕骨折による大脳破裂により即死し、同じく同乗中の訴外三阪真理子(当時二六才)、同住井澄子(当時四〇才)の両名が、同日午後九時一五分ころ、岡山県備前市伊部一、三九三の一所在島田外科診療所において右三阪については脳開放性挫創、頭蓋開放性骨折により、同住井については顔面頭蓋複雑骨折等によりそれぞれ死亡し、ほかに同乗中の訴外三阪聖(当時二ヵ月)が、加療約二〇日間を要する右陰ノウ裂創、胸部腹部打撲の傷害を受けたことが認められ、右認定を履すに足りる証拠はない。

二  そこで、被告の責任について判断する。

1  原告は、本件事故は、被告国の自動車検査官がその車検の際、大型貨物自動車への本件タンクの取付方法が不十分であつたにもかかわらず、これを看過して車検を了した過失により、走行中の振動等のため本件タンクが脱落し、発生したものである旨主張するので、以下まずこの点につき検討する。

(一)  道路運送車両法は道路運送車両の安全性の確保及び整備についての技術の向上を図るため、第三章「道路運送車両の保安基準」(同法四〇条ないし四六条)において、自動車等の構造、装置その他について保安上の技術基準(以下、「保安基準」という。)を定め、右基準に適合する自動車、原動機付自転車及び軽車両でなければ、運行の用に供してはならない旨規定し、これをうけて、第四章「道路運送車両の整備」においては、自動車を運行する者については、一日一回の仕業点検(同法四七条)を、さらに自動車の使用者については、一月もしくは六月ごとの定期点検整備(同法四八条)をそれぞれ義務付け、次いでなお、第五章「道路運送車両の検査」において、いわゆる車検制度を設け、自動車は運輸大臣の行う検査を受け、有効な自動車検査証の交付を受けているものでなければ、これを運行の用に供してはならない(同法五八条)ものとしている。右各規定及びその関係諸規定からみるに、自動車の安全性確保についての責任は、まず第一次的かつ基本的には当該自動車の運行者使用者に課せられているものと解され、そして、右使用者らの基本的義務を前提として、国が後見的に使用者らが右義務を履行しているかどうかを確認する制度として車検制度が設けられているものと解される。これらからしてみると、運輸大臣が自動車検査官により実施する車検は、自動車の安全性確保の面からみると、後見的、第二次的なものであつて、車検により、車検当時において当該自動車が保安基準に適合していることを検査確認するものではあつても、その後の使用状況は多様で、それ以上に、自動車検査証の有効期間中、継続的に当該自動車が保安基準に適合し続け、かつ安全に運行の用に供しうるものであることまで当然に保証するものでないことはいうまでもないといえる。

(二)  ところで、本件タンクの保証及び鑑定の結果によれば、本件タンクは、薄板構造製のタンク本体を鉄製台(一部に木材使用)に銅製バンドで固定した燃料タンクで、補助タンクとして使用されていたものであり、車体への取付けは、車体右側のシヤシーフレームに外径八ミリメートルまたはそれより若干細いボルト四本でメインタンクの進行方向後ろに取付けられていたと考えられること、そして、右四本のボルトを締付けているナツトが、車体の振動のため長期間のうちに徐々に緩みが増し、右側ブラケツト(前記鉄製台をシヤシーフレームに取付ける部分)を支えるべき二本のボルトが脱落した後、残つた左側ブラケツトの二本のボルトに大なる集中応力が生じて破断したことが原因で車体から脱落したものとみられることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。右事実からすると前記本件現場の状況等に照らし、本件タンクは、原告主張のとおり本件道路上を原告車に先行していた大型貨物自動車から脱落したものと推認することも可能なものといえる。

(三)  そして、なるほど、本件タンク(補助タンクであつても車両に装着されている以上)の取付ボルトの緩みについても、法五八条の二、同規則三五条の四、別表第二、3(6)、道路運送車両の保安基準一五条(成立に争いのない乙第二七号証の二、三、五)によると、車検の対象項目とされているものと解され、かつ、証人西田有の証言によると、自動車検査官は車検時にハンマーでたたいたり視認で、もし右ボルトの緩みがあればこれを発見し得るものであつたと認められる。

(四)  しかしながら、本件では、前記大型貨物自動車が、はたして車検を受けたのか、あるいは車検を受けた後に本件タンクが取付けられたのか、また、それが取付けられた状態で車検を受けたとしても、車検時に本件タンクの取付ボルトの緩みがすでに生じていたものか、それとも、車検後に期間の経過の外に格別の振動衝撃が加わり、あるいは取り外し取付け等がなされてその際ボルトの締めつけが十分でなかつたなどで、それが生じたものか、本件全証拠によつても明らかでなく、それぞれの可能性を否定しがたく、前記認定事実のみでは、本件タンクの脱落の原因が、自動車検査官が車検時に取付ボルトの緩みを看過したことによるものとはにわかに認めがたいところで、このことからすると、さらに他の点について勘考するまでもなく、原告主張の自動車検査官の過失を肯認することはできないものといわざるを得ない。

以上のとおりであるから、右過失を前提に被告の賠償責任を求める原告の主張はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

2  次に原告は、被告に本件道路の設置・管理に瑕疵があつた旨主張するので、以下この点につき検討する。

(一)  <証拠略>を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 本件事故現場付近の本件道路の状況を兵庫方面から岡山方面に向かつてみるに、路面はアスフアルト舗装され、やや下り勾配であるが、直線的で平坦な幅員八・五メートルの道路であり、前方の見とおしは良好であつて、道路の中心には車道中央線、道路端から各一メートル中央寄りには車道外側線が引かれていた。

(2) 本件事故は、本件トンネル西口から岡山寄りに約八メートルの本件道路下り車線上(車道中央線より約一メートルの位置)に放置されていた本件タンクに、原告車が自車右前輪を乗りあげたことにより発生した事故であるが、国道二号線上の岡山県と兵庫県との県境いにある右トンネルは、長さ約四〇〇メートルであり、右県境い(岡山県側(本件トンネル西口)から約二三〇メートル兵庫寄りの地点)を頂上として両側へゆるやかな下り勾配となつており、トンネル内には低圧ナトリウム灯(六〇ワツトの照明灯がトンネル内両側に各八九個宛設置されており、その位置は、全般的には出口・入口側にやや集中させ、出口・入口の両端に各一個宛設置されている。)によるトンネル照明(照度五〇〇ルツクス程度)が設置され、またジエツトフアン方式(トンネル内の煤煙濃度が一定値以上になると自動的にフアンが作動するシステム)による換気設備(トンネル両側に相対して各一個宛)が三ヶ所、つまり中央に一ヶ所、その東、西側に各一ヶ所備えられていた。

(3) さらに本件トンネル西口から岡山寄りに約七、八メートルの本件道路上り車線側には、自動車運転者に右トンネル西口付近の状況を判り易くさせるため、本件事故当時において、一般国道上のトンネル接続道路の照明設備としては通常のものといえる二〇〇ワツトの低圧ナトリウム灯一基が、路面から八メートルの高さに設置されていた。

(4) 本件事故現場付近には、本件トンネル西口から岡山寄りに約七五メートルの本件道路上り車線側に食堂が一軒あるのみで、前記照明灯以外には住宅や街灯がないため夜間は右照明灯付近をのぞいて暗い状態であつた。

(5) 本件事故当日は曇天で小雨がふつたりやんだりの天候であつたが、事故当時、現場付近は雨もほとんどあがつており、路面は乾燥していた。

(6) 本件道路は、自動車以外の通行はほとんど予想されないところであり、そして、当時自動車の交通量は比較的多く、その通行量は五分間に自動車六〇台程度であつた。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  ところで本件道路は、前記のとおり国道二号線であり、道路法一二条、一三条一項、八五条一項、二条二項二号、一般国道の指定区間を指定する政令別表によると、被告国の建設大臣が、右道路を、その付属物としての道路照明灯も含め、設置管理するものと解される。

(三)(1)  そして、一般に、本件のような道路の設置・管理に瑕疵があつたか否かは、その道路の状況に応じ、その道路において現に予想される利用状況に照らし、その場合の通常の用法に従つて利用した場合に、なおその設備構造等において安全性に欠けるところがあつたかどうかによつて判断すべきものと解されるところ、前認定のとおり本件道路は、トンネル出口付近の国道二号線上で、自動車以外の通行はほとんど予想されないところであるから、その場合、自動車運転者として通常とるべき運転方法、つまり、夜間であれば、当然、その前照灯の照射と、その照射距離(自動車の保安基準によると、正位置で一〇〇メートル、下向きの位置で三〇メートル)、及びその道路状況に応じた速度調節を前提とした通常の注意義務による運転が予定されたものとみなければならない。

(2) ところで、道路照明については、道路構造令(昭和四五年一〇月二九日政令三二〇号)三一条で、「交通事故の防止を図るため必要がある場合においては」照明施設等で「建設省令で定めるものを設けるものとする」と定め、又同令三四条一、二項で「トンネルでは安全かつ円滑な交通を確保するため必要がある場合においては」、「当該道路の計画交通量及びトンネルの長さに応じ、適当な換気施設を設けるものとする」、又「当該道路の設計速度等を勘案して適当な照明施設を設けるものとする」と定めている程度で、具体的な一定の施設基準を義務づけたような明文の規定はない。ただしかし、右規定の趣旨の外、道路法二九条では、道路の構造は、「安全かつ円滑な交通を確保することができるものでなければならない」と定め、又同法四二条では、道路管理者は、「道路を常時良好な状態に保つように維持し、修繕し、もつて一般交通に支障を及ぼさないように努めなければならない」と定めている趣旨に照らすと、道路の設置・管理者は、道路照明設備についても、道路及び交通の状況に照らし、本件道路の場合では、自動車運転者が前記通常の運転方法に従つて運転してもなお危険を生ずるといつたことのないように配慮すべきことが義務づけられているものと解することができる。

(3) そこで、これらから、さらに本件について検討してみるに、まず、前記認定事実及び<証拠略>によると本件トンネル内の照明灯及び排気設備は、前記道路構造令の規定及び日本道路公団のトンネル照明設計指針等からして、交通の安全を確保するうえで相当な設備(数・配置)・構造のものであつたとみられ、又、トンネルの出口の接続道路照明(右出口照明は、夜間の場合、トンネル内と出口道路の輝度が異なることから目の感度を慣らすまでの暗順応のためと、出口道路の線形を予知誘導するためのものとされている。)も、前認定の内容のもので、少くとも設置としては、その位置構造等において右同様相当なものであつたと認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(4) ところで、本件で問題となるトンネル出口付近の道路照明灯につき、たしかに、<証拠略>によると、当時、自動車の排気ガスで黒ずんでいて照度が低下(もつとも、どの程度低下していたかは、これを具体的に明らかにする証拠はない。)していたものと推知されなくもなく、<証拠略>によると、一般には、自動車の排気ガスによる煤煙で車の前照灯の光度を減ずること、そして、<証拠略>及び前認定の当時の車の交通量からすると、当時本件トンネル出口付近にはかなりの排気ガスの流れがあつたと推知され、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(5) しかし、<証拠略>によると、本件道路照明灯は、昭和四五年に設置されたもので、かつ右照明灯に用いられた低圧ナトリユームランプは人工光源中最も効率が高いものとされ、その発光スペクトルは、可視領域の中でも波長が長い部分に属しているので、煙霧中の照明効果がよい、とされ、又右照明灯は通常は、最低年一回の道路管理者による清掃が予定されている(もつとも、本件照明灯について現に右清掃がなされたかどうかは証拠上明らかでない。)ことが認められるうえ、さらに、<証拠略>によれば、本件事故発生時と同様の天候及び明暗状態で時速五〇キロメートルで普通乗用自動車を走行させた場合、本件タンクの位置に置いた灯油かん二個を、前照灯が正位置で五〇メートル手前の地点から、前照灯が下向きの位置で三〇メートル手前の地点からそれぞれ発見できたことが認められ、そしてさらに、<証拠略>によると、本件トンネル出口(西口)の本件道路照明灯一基に、男ものの上着をかぶせ、その照度を五ないし一〇ルツクス程度(その機能低下の極限と考えられる数値)におとし、事故当時の位置に本件タンクを置いて(その他事故当時とほぼ同じ条件で)、その存在を知らない四名の運転者に時速五〇キロメートルで普通乗用自動車を走行させた結果では、二名は「アーツ」といつて急ブレーキをかけて本件タンクの手前で停止し、一名はあまり驚きもせず平然としてブレーキとハンドル操作でタンクを避けて行き過ぎ、残りの一名は、本件タンクの直前でタンクを発見し、ブレーキ、ハンドル操作ができないまま右前輪をタンク左端に当ててタンクの位置をずらしてしまつたが、この最後の例は当人の両眼視力が〇・七であつたということが関係しているのではないか、とされ、又右他の三名の運転者の内省報告では、タンクを認めてそれをブレーキもしくはハンドルで避けることはわりと容易にできるという、とされ、さらに又、右実験を実施した鑑定人(長町三生)は、右結果につき、かなりの者は急制動でタンクより手前で停止するかあるいはハンドルでタンクをよけることができるが、ほんの少数の者に視認がおそくてタンクを引つかけるおそれもある、とされ、そしてなお、暗順応の問題についても、右実験を実施した鑑定人の意見によると、明るい環境から暗い環境に変わると眼の網膜中の錐体細胞が機能を停止し桿体細胞が機能を開始するが、後者が働きはじめるのに時間がかかるためこの現象を暗順応というところ、たしかに、本件トンネル内の約五〇〇ルツクスという明るさから数ルツクスという程度の明るさに変つたときにはタンクが暗順応のため若干見えにくいことはあるが、しかし、トンネルに入る前から夜であることから桿体細胞は働いているし、車の前照灯もついているのであるから、ドライバーがとくに暗順応機能において劣つているということでもない限り、タンクとの衝突の致命的原因とはなり得ない、とされていることが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(6) もつとも、原告は、右の点に関連し、当時、本件トンネルはその排気ガスの除去が十分でなく、それが出口付近に滞留し、そのため車の前照灯の光が出口付近で拡散して接続道路を照らしていなかつたうえ、本件トンネル出口付近の照明灯も黒ずんでいてその用をなしていなかつたため出口付近の道路状況を視認することが妨げられていた旨主張し、原告本人尋問の結果(第一、二回)においては、排気ガスのためトンネル出口付近が見えにくい状況であつたなど右主張に副う供述をなし、さらに<証拠略>にも同趣旨の記載があるが、右供述及び記載は、原告の本件事故当時の記憶に基づくものではなく、その後の原告独自の調査に基づく推論にすぎないものであり、現に、<証拠略>によれば、原告は、本件事故に関する業務上過失致死等被疑事件で警察及び検察庁で取調べを受けていたころまでは、本件トンネル内の排気ガスのことを問題にしていなかつたことがうかがわれるところで、証人吉川孝次郎の証言からすると、たしかに一般論としてはその可能性を否定することはできないとしても、前記認定のとおり本件トンネル内には相当なジエツトフアン方式による換気設備が設置されていたもので、かつ当時その設備の故障等の事実をうかがわせる証拠もないことなどから通常に作動していたものと推知され、排気ガスの影響も、それほど大きくはなかつたものと推認することができ、その他前掲他の証拠に照らすと、原告主張に副う右供述及び記載も前認定に反する程にはにわかに措信しがたいところである。

(7) そこでさらに、右各認定説示したところを総合して、本件道路の設置・管理の瑕疵の有無について考えてみるに、まず、右道路に接続する本件トンネルの関係では、その照明及び排気設備とも当時の交通量に照らし、相当なもので、当時、とくに交通の安全性を欠けるとみられる点はうかがわれず、次いで、トンネル出口付近の道路照明灯についても、まず、その設置においては、相当な位置・構造のもので、とくに安全性に欠ける点があつたとは認められない。

そこで、右道路照明灯のその後の排気ガス等による照度の低下などでのトンネル出口付近の交通の安全性の点について考えてみるに、たしかに、前記のとおり道路照明灯の照度は低下していて付近は暗い状態であり、又、前記長町鑑定による実験では、四名のうち一名は、視力が低いとはいえ本件タンクを引つかけている事実がうかがわれるが、しかし、本件道路は直線的で平坦な前方の見とおしの良好な道路であり、本件トンネル出口付近の暗順応の点も前記程度のものであつて、元来本件道路照明灯設置の必要性も、自動車の前照灯に対するごく補助的な意味のものであつたとみられるうえ、そしてさらに、右実験結果も、自動車運転者がとくに時速五〇キロメートルで走行することの前提でのものであり、トンネル出口付近の道路照明灯の明るさがすでに多少とも低下している状況の下では、むしろ自動車運転者側で、自己の視力等に応じ、さらに適宜予め減速して進行すべきことが通常の運転方法として期待されるものというべく、かつそれが不可能な状況にあつたものともみられず、そして又、右実験では、道路照明灯の照度を極限的に低下させた状況下のものであるが、右照明灯の設置の時期、構造性能等からすると、右程度までの低下があつたとは認めがたいところで、これらその他前記認定の道路状況、付近トンネル内照明の状況等の諸事情に照らすと、右のごとき通常の運転方法によれば、当時本件道路を通行する自動車運転者は、ハンドル・ブレーキの操作により必ずしも大きな困難もなく本件タンクとの接触を避け得る状況にあつたものと認められなくもなく、本件照明灯を含む本件道路が、当時その通常の用法に従つて利用しても、なお危険な状態にあつたものとは認めがたく、したがつて、右諸点で、その設置管理に瑕疵があつたものとはいえない。

(四)  次に、原告は、被告には本件道路の管理者として、本件道路上に本件タンクのごとき危険物が存在した場合には直ちに除去し、あるいは危険を表示して事故の発生を未然に防止する義務があるのにこれを怠つた過失があると主張しているので考えてみるに、<証拠略>を総合すると、本件事故当日午後三時過ぎころ、大阪府枚方市を原告車、訴外三阪長弘運転の普通貨物自動車、同三阪力夫運転の普通乗用自動車三台が同時に出発し、姫路付近までは一緒であつたこと、その後先行していた原告車が姫路市太子町(同町から本件事故現場までの距離は約三三・四キロメートル)のガソリンスタンドで給油をしている時に訴外三阪力夫ら運転の二台の車がそこを通り過ぎたこと、原告車は右ガソリンスタンドで約一五分休憩して出発したこと、そして訴外三阪力夫が時速五、六〇キロメートルで車を運転し、先に本件事故現場を通り過ぎたが、その際には、本件道路上に本件タンクは放置されていなかつたこと、原告車も右ガソリンスタンドを出発して後本件事故現場付近まで、少くとも時速五〇キロメートルを下らない程度の速度で進行したものとみられることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、本件タンクが本件道路上に放置されるに至つたのは、本件事故発生前一五分程度かその前後ころのわずかな時間内であつたと推認され、そうであれば、時間的にみて、被告国の道路管理者が遅滞なくこれを除去し、あるいはその危険を表示する相当な措置を講じて、道路を安全良好な状態に保つことができなかつたとしても、やむを得ないところというべきで、このような状況のもとでは、被告に本件道路の管理に瑕疵があつたということはできない。

(五)  以上のとおりであり、被告に本件道路の設置管理に瑕疵があつたとの原告の主張はいずれも採用しがたく、右瑕疵のあつたことを前提とする原告の国家賠償法二条一項、民法七一七条による請求は、さらにその余の点につき判断するまでもなくすべて理由なきものといえる。

三  してみれば、原告の本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺伸平 山浦征雄 大原英雄)

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